脱炭素社会に向けた起業・会社設立や企業の経営とは
脱炭素社会を実現するための動きが加速し始め、各国の政府やグローバル企業等がカーボンニュートラルへの取組を進展させています。そのため既存の会社だけでなく、これから起業・会社設立する方などにおいても脱炭素化への取組は軽視できない状況になっているのです。
この記事では、脱炭素化社会やカーボンニュートラルの意味、脱炭素化に向けた世界の動き、国内企業の取組状況のほか、脱炭素経営の内容やそのメリットおよび注意点などを説明していきます。
脱炭素経営の重要性やその問題点を知りたい方、会社設立時からも脱炭素経営を取入れたい方はぜひ参考にしてください。
1 脱炭素社会と脱炭素経営の概要
まず、脱炭素社会やその実現に有効な脱炭素経営の主な内容を説明しましょう。
1-1 脱炭素社会とカーボンニュートラル
①脱炭素社会
脱炭素社会とは、地球温暖化の原因である温室効果ガスの排出量を実質的にゼロとなる社会のことです。温室効果ガスの排出量を削減するとともに、排出されたガスを回収(吸収)することでその排出量のトータルを実質ゼロにできる社会を指します。
これまでは「低炭素社会」の実現を目指した世界の国や産業界等での取組みが進んできましたが、急激な気候変動による熱波や豪雨などの自然災害の増大に伴い低炭素社会の実現だけでは不十分との認識が広まったのです。このような背景から脱炭素社会を目指す動きが世界中で加速しつつあります。
②カーボンニュートラル
カーボンニュートラル(CN)とは、温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにすることを指します。言い換えると、温室効果ガスの排出量と吸収量の均衡を図ることです。従って、脱炭素社会の実現にはCNの推進が必要になります。
2020年10月の第203回臨時国会の所信表明演説で菅義偉内閣総理大臣は「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言されました。
CNの実現には、温室効果ガスの排出量の削減や吸収作用の保全・強化が必要で、とりわけエネルギーを使用することで発生する二酸化炭素(CO2)の削減が不可欠です。従って、従来以上の大幅な省エネルギー(省エネ)への取組や再生可能エネルギー(再エネ)の利用の拡大などが求められます。
●世界の動きと目標
地球規模の気候変動問題の解決に向けて、2015年にパリ協定(後述)が採択され世界共通の長期目標が決定されました。現在では、この目標達成に向けて、120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げその取組を始めています。
●日本の温室効果ガス削減目標
日本政府は2021年4月に、2030年度の新たな温室効果ガス削減目標について、「2030年度には、2013年度から46%削減することを目指し、さらに50%の高みに向けて挑戦を続ける」と発表しました。
これは、2015年のパリ協定の際に日本が公表した「2030年度までに2013年度比26.0%削減」を大幅に上回る高い目標となっています。なお、日本の場合この温室効果ガスは、CO2だけに限らず、メタン、N2O(一酸化二窒素)、フロンガスも対象です。
1-2 脱炭素経営
脱炭素経営とは、カーボンニュートラルを実現するための活動を事業活動に取入れる経営と言えるでしょう。パリ協定の合意を経て世界各国は脱炭素社会の実現へと歩み出し、企業もその実現に向けた取組を進めるようになりました。
各国ではカーボンニュートラルに向けた戦略やそれを推進するための施策を打ち出しており、各企業においてはその動きが制約となったり、ビジネスチャンスになったりと影響が少なくありません。
脱炭素経営を企業の発展に活用すれば、その導入と実践によりコストの負担増などの制約面を克服し新たな事業機会を捉える事も可能です。たとえば、企業は脱炭素経営を通じて、省エネ推進による事業効率の向上、再エネ利用の増大に伴う社会・顧客からの評価の向上などを実現し会社を発展させられます。
脱炭素社会の実現に向けて企業の脱炭素経営は益々重要視されるようになってきており、とりわけ製造業においては無視できない状況です。
1-3 カーボンニュートラルの実現手段
CNの実現には、以下のような方法が有効と考えられています。
①エネルギー起源のCO2削減
2018年度の国内の温室効果ガス総排出量は約12.4億トン(CO2換算)で、「エネルギー起源のCO2排出量」は10.6億トンあり温室効果ガス総排出量の85%を占めています。そのためエネルギー起源のCO2削減がカーボンニュートラルの実現には不可欠な要素です。
「エネルギー起源のCO2」とは、発電、運輸、企業の製造等の事業活動や家庭での加熱など、化石燃料をエネルギーの発生源として使用する場合に生じるCO2を指します。
このCO2の発生源は非電力分野と電力分野に分けられ、前者は民生、産業、運輸などで、後者は電力会社等の発電関連になります。
●非電力分野での取組:効率的な省エネの推進や水素社会の実現に向けた取組
- ・脱炭素化された電力による電化(電力への変換)
- ・水素、アンモニア、CCUS(CO2の回収・有効利用・貯留)/カーボンリサイクルなど新たな選択肢の追究
- ・最終的に脱炭素化できない領域は植林、炭素除去技術で対応
●電力分野での取組:
- ・再エネの最大限の導入
- ・原子力の活用
- ・水素、アンモニア、CCUS/カーボンリサイクルなど新たな選択肢の追究
②省エネのさらなる深化
これまで以上の省エネルギー対策の深化が必要です。代表的な省エネ対策としては、
- ・LED照明、有機EL等の高効率照明への変更
- ・潜熱回収型給湯器・業務用ヒートポンプ給湯器・高効率ボイラ等の利用
- ・建物の高断熱化
- ・省エネ性能の高い機械や事務機器の導入
- ・エネルギー管理の向上
などが挙げられます。
このような省エネ効果の大きい対策を講じていくには、公的機関(省エネルギーセンター等)による省エネ診断を受けるのが有効です。カーボンニュートラルに役立つ設備投資には、経済産業省や環境省などによる補助金交付事業などの活用も重要になります。
なお、企業がCO2量の削減に努める場合、現在の電気や燃料の使用量や省エネに伴うCO2の削減量を計測することが必要です。このような削減量の計測には、環境省が公表している「温室効果ガス排出量の算定方法」を参考にするとよいでしょう。
③再生可能エネルギーの活用
再生可能エネルギーは、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスなど電気に変換する場合のCO2の発生が少ないエネルギー源です。再生可能エネルギーは化石燃料を燃やした熱を利用して電気を得る方式に比べ生産時のCO2の発生がゼロや極めて少ない方式になります。
そのため、再エネによって変換された電力は脱炭素化された電力として、カーボンニュートラルの実現に有効なのです。ただし、コストや安定供給など再エネの利用には乗り越えるべき課題もあります。
なお、再エネの活用に関して、家庭では主に太陽光発電による自家消費や売電、企業においては各状況により以下のような方法が考えられるでしょう。
- ・自社で発電し事業で消費する
- ・再エネで発電された電気を小売電気事業者から購入する
- ・グリーン電力証書(再エネにより発電された電気の環境付加価値を証券化したもの)やJ-クレジット(温室効果ガスの排出削減量や吸収量を「クレジット」として国が認証する制度)などを購入する
⇒この購入は、他社が行う温室効果ガスの排出削減や吸収の取組を買取る形態と言えます(購入して自社の取組とする方法)。
④吸収と除去
温室効果ガスの純増をゼロにするためには、その排出量の削減のほか、森林等による「吸収」や地中への貯留等による「除去」の量を増大させることも必要です。
植林の拡大で吸収量を増やすことは可能ですが、事業者が自社で大規模な植林を行うのは簡単ではありません。そのため森林所有者等が創出するJ-クレジットを購入するという方法が現実的です。
大気中の温室効果ガスの多くを占めるCO2を除去する技術は「ネガティブエミッション技術」と呼ばれています。CO2を大気から直接回収し貯留する技術がDACCS、バイオマス燃料の使用時に排出されたCO2を回収して地中に貯留させる技術がBECCSです。
なお、回収されたCO2は、燃料や化学物質、建材などの製造に使用できます。吸収と除去の活動はコストも増大するため、主に大規模事業者が取組む活動と言えるでしょう。
⑤グリーン成長戦略の推進
グリーン成長戦略とは、経済成長と温暖化防止の両立を実現させるための国の政策方針です。2020年10月に「2050年カーボンニュートラル」が宣言され、高いレベルの温室効果ガス削減目標が出されました。
この目標達成には温暖化対策を強力に進めなくてはならないですが、これまでの対応ではそれらが経済成長の制約やコストとなり企業活動の大きな負担になりかねません。
そこでこれまでの対応方針を改め、温暖化対策を積極的に進めることで「産業構造や社会経済の変革をもたらし、次なる大きな成長につながっていく」ための方針が示されたのです。それが「経済と環境の好循環」を整えていく産業政策としての「グリーン成長戦略」になります。
グリーン成長戦略では、成長が期待される産業として14分野(脱炭素化と電化を中心に)が設定されており、国はその分野において高い目標を設定し、達成を促すための多様な政策を講じているのです。
2 脱炭素社会に向けた世界の取組
ここでは世界の脱炭素社会の実現に向けた動きを紹介しましょう。
2-1 パリ協定
世界的な気候変動への対応が早急に必要になってきたことから、国連気候変動枠組条約が1992年に採択され1995年から毎年、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)が開催されてきました。
2015年12月のフランスのパリで開催された第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際枠組みとして、パリ協定が採択されたのです。
この合意は京都議定書に代わる2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際枠組と言えます。当時の安倍総理が首脳会合に出席して、日本として約1.3兆円の途上国向け資金支援を発表しました。また、先進国の資金支援は2020年までに年間1,000億ドルという目標が約束されたのです。
このようにカーボンニュートラルが世界的に推進される状況になっており、環境分野で強みを持つ日本企業にとってはビジネスチャンスとして期待されます。なお、パリ協定では以下のような目標が設定されました。
●世界共通の長期目標
- ・世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする
- ・上記の達成に向け、可能な限り早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトし、21世紀後半には温室効果ガス排出量と吸収量のバランスをとる
2-2 欧米や中国などの取組
2050年までのカーボンニュートラルの実現を宣言している国は、2021年1月時点で124カ国・1地域となっており、世界の多くの国で脱炭素化への取組が加速しつつあります。
①世界の脱炭素化への動き
欧州は2050年に関する思い切ったCO2排出削減目標を宣言しました。米国のバイデン政権は、前トランプ政権の方針を転換し2050年のカーボンニュートラルを目指すなど脱炭素化への積極的な姿勢を示しています。また、中国もカーボンニュートラルを目指すと明らかにしました。
●EU
- 1)2020年3月に長期戦略を打ち出し、「2050年までに気候中立(Climate Neutrality)達成」を目指すとしています。
- 2)CO2削減目標を2030年に1990年比の55%とすることを表明しました。
- 3)コロナからの復興計画を盛り込んだ総額1.8兆ユーロ規模の次期中期予算枠組(MFF)およびリカバリーファンドに合意し、その予算総額の30%(復興基金の37%)を気候変動に割当てるとしています。
●英国
- 1)気候変動法(2019年6月改正)の中で、2050年カーボンニュートラルを法定化しました。20年11月にクリーンエネルギー、輸送、自然、革新的な技術などの計画を含む「グリーン産業革命」を発表し、2030年の温暖化ガス排出削減目標も1990年比で68%減とEUを上回る目標を設定しています。
- 2)2021年に2050年ネットゼロの長期低排出発展戦略を国連に提出するとしてその作業が進行中です。
●米国
- 1)2021年2月にパリ協定へ正式に復帰しました。同年4月には各国政府の首脳を招待して気候サミットを開催し、気候変動対策の向上を促しています。パリ協定に従って米国が提出した国家目標には、「2030年までに温室効果ガスを2005年比50~52%削減」が設定されました。
- 2)2035年の電力脱炭素の達成や2050年以前のネット排出ゼロ、クリーンエネルギー等のグリーン投資に、2兆ドル投資する計画が発表されています。
●中国
- 1)2020年9月の国連総会一般討論のビデオ演説において、習近平主席は2030年までにCO2排出量の減少への転換(ピークアウト)、2060年カーボンニュートラルを目指すと表明しました。
- 2)CO2排出量のGDP原単位での2005年比65%以上の削減、非化石エネルギーが一次エネルギー消費量に占める割合を約25%に向上、森林蓄積量を2005年比で60億m³の増大、風力発電・太陽光発電の発電設備容量を12億kW以上に増強するとしています。
②各国の2030年と2050年の目標
環境省の「第1回 脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」の資料として下表(P4)が提示され、各国の2030年と2050年の目標に向けた取組が紹介されました。
③グリーン関連の各国の対策
経済産業省の「地球環境小委員会地球温暖化対策検討ワーキンググループ合同会合」の参考資料「2050年カーボンニュートラルを巡る国内外の動き(令和2年12月)」には以下のような内容(P11)が示されています。
以上のように世界では脱炭素社会の実現にむけて莫大な資金の投入が予定されており、この動きは企業にとって大きなビジネスチャンスになり得るはずです。
3 日本の脱炭素化に向けた取組
日本のカーボンニュートラルに関する取組を説明しましょう。
3-1 国の取組内容
2050年カーボンニュートラル実現に向けて日本政府は下記の目標を掲げ施策を展開しようとしています。
①目標とその位置付け
●中期目標:温室効果ガスの排出量を2030年度までに26%削減(2013年度比)
⇒技術制約、コスト等を考慮し、裏付けある対策・施策を積み上げて実行可能な目標と位置付けています。
●長期目標:温室効果ガスの排出量を2050年までに80%削減(基準年なし)
脱炭素社会を今世紀後半のできる限り早期に、2050年にできるだけ近い時期に実現
⇒政策の方向性を示し、将来の予見可能性を高めて投資を拡大するための目標、将来ビジョンとして位置づけています。
これらの目標に向けて、東京都・京都市・横浜市などの191の自治体(27都道府県、106市、2特別区、46町、10村)が「2050年までに二酸化炭素排出実質ゼロ」を表明しました(2020年12月14日時点)。
*2021年4月14日時点では、368自治体(40都道府県、214市、6特別区、89町、19村)へ増加
また、企業においてもこの時期に72社がカーボンニュートラル宣言を発表しており、カーボンニュートラル実現への動きが強まっているのです。
②2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略
グリーン成長戦略では14の重要分野が指定され、支援するための実行計画(現状の課題と今後の取組の明記)が策定されました。この14分野はイノベーションを起こして脱炭素化に貢献するほか、日本の次の成長の源泉として期待されています。その対象分野は以下の通りです。
1)グリーン成長戦略の14分野
●エネルギー関連産業:
洋上風力
燃料アンモニア
水素
原子力
●輸送・製造関連産業:
自動車・蓄電池
半導体・情報通信
船舶
物流・人流・土木インフラ
食料・農林水産業
航空機
カーボンリサイクル
●家庭・オフィス関連産業:
住宅・建築物/次世代型太陽光
資源循環
ライフスタイル
*出典:経済産業省 資料22050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(P15)より
この14分野については、各々の実行計画と工程表が作成され、関係省庁と連携しながら推進されます。
2)実行計画のための政策ツール
企業がカーボンニュートラルに必要なイノベーションを実現するには大胆な投資が不可欠ですが、国としはそれを後押しするための支援策の提供も必要です。具体的には、以下の5つの主要政策ツールが用意されています。
●予算:「グリーンイノベーション基金」の創設
イノベーションへの挑戦を企業に促すために、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に2兆円の「グリーンイノベーション基金」が創設され、企業は今後10年間、継続した支援が受けられるようになりました。
なお、各プロジェクトにおいては、官民で挑戦的で具体的な目標が共有され、取組が社会実装まで繋がるように、経営者には経営課題として取組むことが求められています。この2兆円の基金を契機として、約15兆円の民間企業の野心的なイノベーション投資の誘発が見込まれているのです。
●税制:「脱炭素化の効果が高い製品への投資を優遇」
10年間で約1.7兆円の民間投資の創出を促すための大胆な税制措置が導入され、企業の脱炭素化投資が促されます。
たとえば、「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制」の創設です。脱炭素化の効果が高い製品(燃料電池、洋上風力発電設備の主要専門部品など)を製造するための生産設備を導入した場合に税の優遇が受けられるといった制度になります。
ほかには、コロナ禍の厳しい状況下においても積極的な研究開発投資を実施する企業に対して、現在の「研究開発税制」で受けられる税の控除上限の引き上げなどです。
●金融:「ファンド創設など投資を促す環境整備」
CN実現のためには、CO2を排出しない再エネの導入、省エネなどでCO2排出量を減らしていく「低炭素化」(トランジション)、「脱炭素化」に向けた革新的技術(イノベーション)へのファイナンスが不可欠であり、そうした取組に民間投資を呼び込む政策が求められます。
10年以上の長期の事業計画の認定を受けた事業者に対して、その計画実現に向けた長期資金の供給システムや、成果連動型の「利子補給制度」(利子相当の助成金制度)などにより、事業者による長期間のトランジションの取組が推進されます。
また、企業の積極的な情報開示は、企業のCNに向けた取組への資金提供を促す共通基盤です。「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」などの取組を通じて、気候変動に関する企業の積極的な情報開示の促進などが検討されています。
なお、金融面では「金融機関や金融資本市場が適切に機能する環境整備やルールづくり」が特に重要です。具体的にはCNに向けたファイナンスの制度面の整備が必要になります。
国内外のESG投資(環境、社会、ガバナンスを重視する企業への投資)の資金を取込むために、金融機関の協力体制を作り、社会課題に努める企業の資金調達が容易になることが重要です。
たとえば、そうした企業のため「ソーシャルボンド」などの債券が円滑に発行されるなど、CN実現に貢献するファイナンスシステムの整備が求められます。
●規制改革・標準化:「新技術が普及するよう規制緩和・強化を実施」
研究開発や実証をクリアして、その技術を社会実装しようとした際に「規制」が課題になり得るため、適切な対処が欠かせません。
たとえば、需要の拡大に伴い量産化を目指す場合には、新技術の導入が促進されるように規制を強化する、逆に導入を阻むような不合理な規制は緩和するといった対応が必要になります。
また、新技術の世界的な利用が促進されるように、国際標準化への取組も不可欠です。たとえば、水素の国際輸送に関する関連機器の国際標準化や、再エネが優先して送電網を使用できるための電力系統の運用ルールの改定、電気自動車の促進に役立つ燃費規制の活用などになります。
また、CO2に価格をつける「カーボンプライシング」のほか、市場機能を活用した経済手段なども重要です。
●国際連携:「日本の先端技術で世界をリード」
日本の国際貢献として、日本の最先端技術によって世界の脱炭素化をリードすることが期待されています。特にエネルギー需要の増加の可能性が高いアジアにおいてこの貢献は重要です。
米国・EU諸国については、イノベーション政策に関する連携、新興国などの第三国での脱炭素化支援などの個別プロジェクトの推進のほか、技術の標準化や貿易に関するルールづくりでの連携が期待されます。
また、アジア新興国については、カーボンリサイクル、水素、洋上風力、CO2回収といった分野での連携や、各国の事情に対応した実効的な低炭素化への移行支援が重要です。二国間や多国間の協力を進展させ、これらの国々の脱炭素化に向けた取組へ関わることが期待されます。
3-2 日本の産業界や企業の状況
日本の産業界においてもグローバル企業を中心に、RE100やSBT、TCFDなどによる脱炭素経営に取組もうとする動きが拡大し始めました。
①RE100
RE100とは、世界で影響力の大きい企業等が、その事業で使用する電力のすべてを再生可能エネルギーで賄うとする国際的な協働イニシアチブのことです。
日本では環境省が、2018年6月に公的機関として世界で初めてのアンバサダーとしてRE100へ参画し、「RE100の取組の普及のほか、自らの官舎や施設での再エネ電気導入に向けた率先的な取組やその輪を広げていく」としています。
このような動きの中で日本の企業もこのRE100に参加し始めており、2021年7月初旬におけるRE100への参加企業は56社です。この時期までの全世界の参加企業は300社超となっており、国別では米国が最多で日本は次いで2位の参加企業数となっています。
その国内参加企業には、リコー、積水ハウス、アスクル、大和ハウス、ワタミ、城南信用金庫、イオン、富士通、丸井グループ、ソニー、野村総合研究所、第一生命保険、パナソニック、など様々な業界の企業が踏まれているのです。
1社の経営努力だけは再エネ100%化を実現することは容易でないため、その実現には自社のほか社会の変革や他企業等との協力が重要になります。RE100への参加やその活動に共感する企業が増えれば、再エネ100%化も達成しやすくなるのです。
②SBT
SBTとはパリ協定の水準に合致する企業における温室効果ガスの排出削減目標設定のことを言います。どのような目標設定であるかについて、環境省が運営するサイトの「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」の事例から紹介しましょう。
●会社概要
社名:明治ホールディングス(株)
事業内容:
・食品事業;(株)明治が乳製品・菓子・栄養食品などを製造販売
・薬品事業;Meiji Seikaファルマ㈱やKMバイオロジクス㈱が医療用医薬品・ワクチンの製造・販売
●温室効果ガスの削減目標と削減に向けた取組
目標1:自社の燃料の焼却(Scope1)と電気の使用(Scope2)に関して、2030年度までに、2015年度比で42%削減
取組1:トップランナー(業界トップ水準)設備への更新および導入等の省エネを推進。太陽光発電設備等による創エネのほか、再エネ電力の購入等も進める
目標2:Scope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出=Scope3)に関して、2030年度までに、2019年度比でカテゴリ1(原材料の調達)、4(調達物流と出荷輸送)、9(出荷輸送:自社が荷主となる輸送以降)、12(使用者による製品の廃棄処理)を13.6%削減
*Scope3のカテゴリは全部で15分野ある
取組2:生産効率の向上、容器包装の軽量化、物流の効率化等
●削減⽬標設定の背景・⽬的・期待する効果
1)背景
IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の1.5℃特別報告書等を見ると、気候変動が生体系に大きな影響を及ぼしており、同社の事業が自然の恵みを土台している点から、自然資本が同社の重要な経営基盤と認識される
2)目的
経営リスクを回避するために気候変動の緩和へ貢献すること、取組むことでESG評価を高める
3)期待する効果
SBT認定を得ることで、目標値の信頼性の向上、ステークホルダー(お客、株主、投資家、取引先等)に対する訴求力の増大やビジネスチャンスの拡大が期待される
③TCFD
TCFDとは、G20の要請に基づき金融安定理事会(国際金融に関する監督業務を行う機関)により、気候関連の情報開示および金融機関の対応をどのように行うかを検討するために設立された「気候関連財務情報開示タスクフォース」のことです。
TCFDは2017年6月に最終報告書を発行して、企業等へ気候変動関連のリスクと機会に関する以下の項目を開示することを要請しています。
・ガバナンス:
どのような体制を検討し、それを企業経営にどう反映するか
・戦略:
短期・中期・長期の各々で、企業経営にどう影響を与えるか。またそれについてどう認識するか
・リスク管理:
気候変動リスクに関して、その特定や評価をどう行い、それをどのように低減するか
・指標と目標:
リスクと機会の評価について、どの指標を利用して、目標への進捗度を分析・判断するのか
具体的には、TCFDは全企業に対して、
ⅰ)2℃目標等の気候シナリオを用いて
ⅱ)自社の気候関連リスク・機会を評価して
ⅲ)経営戦略・リスク管理へ反映し
ⅳ)その財務上の影響を把握して開示する
ことを求めているのです。また、TCFDでは「戦略」項目で気候変動シナリオ分析を実施することを推奨しています。シナリオ分析は、長期的で不確実性の高い課題について、その企業が戦略的に取組むための有効な手法だと認識されているのです。
シナリオ分析の進め方としては6段階があります。
STEP1:準備
STEP2:リスク重要度の評価
STEP3:シナリオ群の定義
STEP4:事業インパクト評価
STEP5:対応策の定義
STEP6:文書化と情報開示
具体的なシナリオ分析の進め方については、環境省の「TCFDを活用した経営戦略の立案のススメ」などを参考にしてください。同資料にはシナリオ分析の実践事例が多く掲載されているので、会社設立後の企業が脱炭素経営を導入していく場合などでも役立つはずです。
4 脱炭素経営がもたらすメリット
脱炭素化への取組において、企業は厳しい規制や制約などを受ける反面、多くのメリットも享受できます。ここではそのメリットを説明しましよう。
4-1 優位性の獲得
脱炭素経営を推進していくことで、自社の競争力を強化し売上高や受注量を増大させることも可能です。
RE100やSBTなどに加盟する企業が増加しており、そうした環境意識の高い企業などは、そのサプライヤーに排出量の削減を要求し始めました。そのため脱炭素経営を導入し実施していけば、環境意識の高い企業との取引で有利になる可能性が高まります。つまり、脱炭素経営はそうした企業へのアピール材料となるのです。
具体的な例として、Appleではサプライヤーへ再エネ電力の使用を要求しているため、Apple向けの生産を担っている国内企業では再エネ調達が進展しています。
国内のSBTに加盟している企業などもサプライヤーに対してAppleのような要求を提示し始めているのです。先に紹介したようにSBT目標では、自社の事業活動での排出(Scope1・2)のほか、原材料、部品調達や製品の使用段階における排出量(Scope3)も削減目標に含まれます。
そのため環境意識の高い企業との取引を拡大させたり、新規で取引を始めたりするには、脱炭素経営の導入が不可欠であるほか、実施により自社の競争力の維持や強化が期待できるのです。
4-2 省エネによるコストの低減
脱炭素経営に取組むことで光熱費・燃料費の低減という省エネ効果が得られます。脱炭素経営を実践していくには、エネルギーを使用するプロセスにおける非効率な設備や作業方法などを更新・改善していくことが不可欠であり、その取組が結果的に光熱費や燃料費の低減に繋がるのです。
再エネ電力の調達においては光熱費が増大する恐れはあるものの、自社の太陽光発電からの取込みや発電事業者からの購入などを工夫すれば全体として光熱費も低減できます。
4-3 知名度や認知度の向上
積極的な省エネへの取組、大幅な温室効果ガス排出量の削減、先駆的な再エネ導入などを行う企業は、メディアに取り上げられたり、国や自治体からの表彰の対象になったりすることも多いため、その企業の知名度や認知度のアップに貢献します。
また、そうした知名度等の向上に加えて、省エネ対策の実施に伴うコストダウンで競争力がアップして取引の拡大に繋がることもあるのです。
4-4 人材マネジメントの向上
脱炭素経営を行う企業は気候変動という社会課題の解決に取組む企業として社会からの評価も高まるため、それが社員にとっての誇りとなり、彼らのモチベーションアップに繋がります。
また、脱炭素経営は自社の知名度・認知度アップに繋がるほか、気候変動問題に関心の高い人々からも良い評価を受けるため、就職希望者が集まりやすくなるのです。
やる気の高い社員と有能な人材が集まれば、脱炭素経営の推進も捗り企業としての成長も促進されるでしょう。
4-5 資金調達力の向上
金融機関において、融資先の選定基準に脱炭素社会の実現に向けた取組状況を判断材料に加えたり、脱炭素経営を推進する企業への融資条件を優遇したりするケースが増えてきました。つまり、脱炭素経営を行うことで企業の資金調達力がアップするわけです。
金融機関の中には、温室効果ガス排出量の削減、再生可能エネルギーの生産量・使用量に関する目標の達成状況に応じて貸出金利が変動するタイプの商品を提供している機関もあります。また、国や自治体等の補助金や助成金などを受けられるケースも多いです。
5 脱炭素経営の進め方
脱炭素経営は既存企業だけでなく、これから会社設立する企業などにおいても重要であるため、ここでは脱炭素経営の進め方を説明しましょう。
5-1 脱炭素化への削減計画
自社で脱炭素経営を行う場合、生産プロセスや設備などでのエネルギーの使い方を洗い直し改善することが必要です。そのためには以下の3つの温室効果ガス大幅削減のポイントを抑えた活動が重要になります。
1)エネルギー消費量の削減(可能な限りの省エネ推進)
例)効率の高い照明・空調・熱源機器の利用等
2)エネルギーの低炭素化の推進
例)太陽光・風力・バイオマス等の再エネ発電設備の導入および使用、CCS(二酸化炭素の回収・貯留システム)を有する火力発電の利用、太陽熱温水器・バイオマスボイラーの利用等
3)電化の促進
例)電気自動車の使用、暖房・給湯におけるヒートポンプの利用等
脱炭素化を推進するためには、第一に長期的なエネルギー転換の検討が重要であり、それに合わせて省エネ対策や再生可能エネルギーの導入を進めることがポイントです。
これからこの3つポイントを計画に落とし込むためのステップを「中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック(P20~)」(環境省)から紹介しましょう。脱炭素経営を会社設立時から導入する場合などでも参考になります。
①STEP1:長期的なエネルギー転換の方針の検討
省エネルギー対策に依存した方法だけでは、燃料消費で生じる温室効果ガス排出量の大幅削減は容易でないため、温室効果ガスが極力少ないエネルギーの種類へと転換していくことが重要になります。
脱炭素化の検討にあたり、将来の技術開発のトレンドも考慮しながら主要設備に使用するエネルギーの転換方針を考えることがポイントです。具体的にはエネルギー転換の方法として図2-3のような内容が考えられます。
なお、電化する場合、エネルギーの種類の変更により省エネ(高効率化)に貢献する可能性もあるため、その点も考慮すべきです。ただし、技術開発の進展の程度、導入コスト、関連インフラ設備等の使用状況などによっては、一気に最適なエネルギーへの転換が困難になることも少なくありません。
そのため状況を確認して段階的に転換を進めることも必要になります。具体的には、ガソリン自動車から電気自動車への転換が直ぐにできない場合は、5~10年以内の期間対策として、まず、ハイブリッド自動車の使用を検討することなどが現実的です。
*出典:中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブックP21より(以下の資料も同様)
②STEP2:短中期的な省エネ対策の洗い出し
STEP1で考えたエネルギー転換の方針を基盤として、短中期的な省エネ対策を立てます。エネルギー転換の内容や時期を考慮しつつ、既存設備が最適に稼働できるようにする、エネルギーロスを低減する、などの検討が重要です。省エネ対策としては、表2-1のような項目が考えられます。
STEP2まで進んだ後、STEP1(エネルギー転換)とSTEP2(省エネ対策)の実施による温室効果ガスの削減量を概算してみるのが望ましいです。その結果、自社の削減目標が達成できない場合、自社の消費電力を再エネに変更するなどの検討も必要になります。
③STEP3:再生可能エネルギー電気の調達手段の検討
再エネ電気は、CO2ゼロの代表的なエネルギーであるため、STEP1の電化と併用すれば、大幅なCO2削減も可能です。
また、先に示した通りSTEP1~STEP2までの検討で、自社の排出量が削減目標に達しない場合は、電気を再エネに変更し削減目標を達成できるようにします。なお、再エネ電気の調達方法は多種存在しますが、表2-2のような手段が代表的です。
調達方法については、予想される再エネ電気の調達量、事業所の立地環境、自社のレジリエンス電源(災害時等でも電力供給が維持できる電源)の必要性などを考慮の上、選択・組合せることが重要になります。
多くの中小企業で利用が想定される太陽光発電設備の設置(自家消費)と再エネ電気メニューに関する検討の重要点は下記の通りです。
1)太陽光発電設備の設置
太陽光発電設備を自社の事業所(本社や工場)の屋根に設置して、自家消費すれば、電気代の低減が実現できるだけでなく、停電や電力供給の障害が生じた場合のレジリエンス電源として役立ちます。その太陽光発電設備を設置する場合の重要ポイントは以下の3つです。
a.発電容量
太陽光発電の特徴の、「日中しか発電せずピーク時が存在する」、「日射量が季節によって変動する」、「発電量が需要の変動に対応しづらい」、などの点を考慮して、需要動向や立地環境などを踏まえた導入が求められます。
ポイントは「年間を通じて発電の出力変動が事業所における電力需要の変動(日負荷変動)に概ね収まるよう、太陽光発電の発電容量を決める」ことが重要です。
b.屋根の強度・形状・素材
屋根に太陽光発電設備を設置する際は、屋根の強度を確認しなければなりません。太陽光発電設備の重量は3kWの場合で300~500kg程度と見られ、屋根1㎡あたり10~15kgの荷重となります。そのため架台の支持点には局部的な荷重がかかることから屋根の強度の確認が不可欠なのです。
なお、強度を検討する上では新耐震基準建物が必須条件となるでしょう。
c.第三者所有モデルの適用可能性
第三者所有モデルとは「電気の需要家が、敷地や屋根のスペースを提供し、第三者が無償で太陽光発電設備を設置するとともに、需要家と太陽光発電設置者が電力供給契約(PPA)を結び、太陽光発電電力を需要家が購入する」形態を指します。
このモデルは、太陽光発電設備の設置に関する導入コストを負担せずにその発電電力を利用できる上に、電気代が削減できる可能性もあり近年注目を浴びているところです。
ただし、第三者所有モデルの利用には長期契約が前提となることから、需要家の信用力が必要となる点、契約期間中の需要家の建物移転や倒産等のリスクの可能性、などが影響します。
2)再エネ電気メニュー
多くの小売電気事業者が「再エネ電気メニュー(事業者による再エネ発電の提供や再エネ電力証書の販売等を組み合わせた商品)」を提供しています。再エネ電気メニューを選択して購入すれば、電気調達にかかるCO2排出量の低減が期待できます。
再エネ100%の電力に変更する場合、下記の資料を準備して、複数の小売電気事業者から見積りを取って検討するとよいでしょう。
・現在契約中の「電力会社」「契約種別」「契約容量」が確認できる資料(電気使用量の知らせ(検針票))
・月別の電力使用量および電力使用料金(1年等、少なくとも複数月)
・(既に電力プランを変更済の場合)現在の電力プランの説明資料
なお、再エネの調達に関して市場連動型の契約である場合、電気料金が市場価格に応じて高騰するケースもあるため、そうしたリスクを考慮して契約を検討しなければなりません。
④STEP4:削減対策の精査と計画へのとりまとめ
STEP1~STEP3の検討結果を整理し、抽出した削減対策について、
ⅰ)想定される温室効果ガス削減量(t-CO2/年)
ⅱ)想定される投資金額(円)
ⅲ)想定される光熱費・燃料費の増減(円/年)
以上の点を定量的にまとめます。
さらに、実施が可能な点については各削減対策の実施時期を決定し、企業全体のロードマップとして削減計画に整理します。加えて削減対策を行うことによる効果・影響として
・各年の温室効果ガス排出削減量(実施した各削減対策によるⅰの総和)
・各年のキャッシュフローへの影響(実施した各削減対策によるⅱとⅲの総和)
を集計し、まとめることも必要です。
その上で、以下のポイントで削減計画を精査しましょう。
●洗い出した削減対策によって目標達成は可能か
目標年の削減量の総和(上表の「x+y+z」等)が、目標達成に十分であるかを確認すべきです。不十分な場合は当然、削減対策の追加が必要になります。
他方、目標達成に十分な場合、全削減対策を実施する必要もないため、優先対策を絞り込むことよいでしょう。基本としては、事業上の優先度を考慮の上、削減コストの低い対策(法定耐用年数当たりの投資金額+光熱費・燃料費増減額)/排出削減量のできるだけ小さい対策)を選択することなどが考えられます。
●温室効果ガス排出削減にかかる追加的な費用支出を許容できるか
設備更新を伴う削減対策には多額の初期投資が必要です。また、再エネ電気メニューへの切替や、電化などのエネルギー転換を行う場合、光熱費・燃料費が上昇しかねません。
これらの費用が脱炭素経営で享受できるメリットに対して許容し得るか否かを確認する必要があります。ただし、設備投資については、補助金の活用による負担軽減や設備投資による税負担の軽減などによる資金繰りの負担軽減の可能性もあるため、その点を考慮して検討しましょう。
5-2 削減計画等の検討事例
「中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック」から削減計画の事例を紹介します。会社設立の際にも参考にしてください。
①三和興産株式会社
●会社概要
所在地:愛知県一宮市木曽川町
事業内容:土木工事業、とび・土工工事業、ほ装工事業、建築工事業、解体工事業、産業廃棄物収集運搬業、産業廃棄物処分業
●現状の整理
1)エネルギー消費実態の特徴
・同社のCO2排出量のうち、約9割はScope1で、ロータリーキルン(回転式の焼成炉)に関するアスファルト加熱用のA重油の消費量が多い
・生産したアスファルト合材のサイロでの保管時に、アスファルト合材の固化防止として、電気ヒーターでサイロを保温する
2)現状の削減の取組(予定を含む)
・今までに外灯のLED化、重機・建機のハイブリッド化(電気モーターやエンジンで駆動)を実施
3)SBT目標等の設定状況
・SBT目標は未取得だが、2025年までにCO2排出量を2017年比の30%削減というSBT水準の目標を設定している
●STEP1
・エネルギー消費の実態から考えた長期的なエネルギー転換の方針として、アスファルト合材製造用加熱バーナーの燃料を「A重油→都市ガス、またはA重油→LPG」への転換を重点的に検討することとした
・事業所の立地環境では都市ガス導管が未整備となっているが、SBT目標年(2025年)までに整備が進めば都市ガスを利用する。未整備であればLPGガスの利用を想定する
・都市ガスあるいはLPGへの燃料転換後、燃焼用空気の予熱用として、ロータリーキルンの排ガスを新たに活用する可能性を現在検証中
●STEP2
・主要な排出源であるA重油に関する対策として、現在運用中のA重油バーナーの空気比の適正化を検討した
・他には消費電力量を削減するために、排風機へのインバータの導入や保温用ヒーターの通電停止等の省エネ対策を立案した
●STEP3
・STEP2までの検討の結果をもとに、SBT目標の達成に向けた再エネ電気調達の必要量を整理した結果、購入電力の排出係数の低減や省エネ対策を通じてSBT目標が達成できる見込みとなった
・生産量の変動に応じてBAU(現状継続ケース)排出量が増加する可能性が否定できないため、確実なSBT目標の達成に向けて、再エネ電気の調達を検討した
・再エネ電気の調達に関して、必要に応じた調達が比較的容易である小売電気事業者の再エネ電気メニュー(CO2排出量ゼロ)の利用を優先する方向で検討した
●STEP4
・STEP3までの検討内容を整理して、削減計画としてまとめた(表2-4)
・今回検討を行った全対策を実施する場合のキャッシュフローへの影響を分析
⇒A重油から都市ガスへの燃料転換(対策10)は、CO2排出量削減効果は大きいが、投資金額も大きく、また運転維持費もA重油と比べて5,032千円(2019年度の消費量、価格の場合)高くなるため、対策実施想定年の2026年度以降、キャッシュフローはマイナスを予測している
・A重油から都市ガスへの燃料転換(対策10)と関連対策(対策11)は、都市ガス導管の整備計画に影響されるため、その進展状況を注視しながら対策を実施していくこととする
・設備投資不要の対策2・3・4は、2021年度の実施を想定する
・設備投資が必要な対策9・12・13は、資金確保が不可欠であるため、利用可能な補助金を確認して、実施を検討する
・ロータリーキルンのバーナーの空気比適正値を検証後に、ロータリーキルン関連の対策1・5・6・7・8をまとめて実施する予定。最も早い実施では2022年度を想定する
②マックエンジニアリング株式会社
●会社概要
所在地:岡山県倉敷市玉島乙島
事業内容:金型部品、治具、工作機械、各種産業部品の加工。
ワイヤーカット、NC放電、マシニングセンタ、NC旋盤、研磨機などによる精密部品加工および金型(ダイス)部品加工、高硬度(セラミックハイス鋼等)加工を得意としている
●現状の整理
1)エネルギー消費実態の特徴
・同社は長年の省エネへの取組により、操業時間中の電力消費に関する季節的・時間的な変動が小さく、ほぼ理想的な電力消費パターンを実現している
・上記の通り省エネによる消費電力量の削減余地が小さいものの、夏季・冬季の操業時間の電力消費は他の時期より比較的高く、冷暖房の効率化といった省エネによる削減余地がある
・ほかにも空気圧で駆動する工作機械が多いため、コンプレッサーの消費電力量が大きいという特徴がある
2)現状の削減の取組(予定を含む)
・事業場内の時計にLEDランプ(赤・黄・青)を設置し、音響と共に電力需要の状態の見える化を進めるといった電力需要管理を徹底している
・ピーク電力の低下のため始業時には数分おきに機材のスイッチを入れるルールや機材の不使用時には必ず停止させる等のルールの導入と遵守を徹底している
・終業時の消忘れ防止のため、終業後に一旦電源を遮断するルールの導入、工場内の空調はスポットクーラで対応、工場内の照明をLED化、第2工場の屋根への太陽光発電設備(24kW)の設置、などを行っている
3)SBT目標等の設定状況
・Scope1と2のCO2排出量について、2030年までに2019年度比20%削減とする目標を設定
●STEP1
・同社の長期的なエネルギー削減の方針として、
(1)更なる省エネ方策
(2)更なる太陽光発電施設の導入と再エネ電力への切替
の2点が検討されました
●STEP2
(1)では同社の電力消費の特徴を考慮して以下の3点が省エネ対策として立案されました。
ⅰ)空気圧縮機の漏れ防止によるエネルギー効率の向上
ⅱ)エアーブローノズルの小口径化によるブロー量の削減を通じたコンプレッサーの電力使用量の削減
ⅲ)屋根に遮熱塗料を塗布し、その効果により空調負荷を軽減
⇒上記の対策の実施により同社のエネルギー消費量は6.4%の削減が見込めるようになりました。また、中期的な課題として、地下水による空調システム等の更なる省エネ方策も検討されています。
●STEP3
・(2)では更なる再エネ比率の上昇と消費電力量削減のために本社工場屋上への太陽光発電設備の設置を検討した。
⇒具体的には、10kWと20kWの太陽光発電設備を導入した場合の投資回収年数、キャッシュフロー負担、税制度等の助成金を活用した場合のメリットなどが分析されています。
・その結果、20kWの太陽光発電を設置した場合、自家消費により購入電力量を更に10%程度削減できることが判明。また、再エネ100%電気メニューへの切替については、社員の節電努力を重視するため導入は見送ることに決定した
●STEP4
・(1)と(2)の実施で最大約16%の削減が可能になると判明
・STEP3までの検討から、実施がしやすい省エネ対策を中心に導入を推進し、再エネ対策は建物の耐久性や設置コスト等を踏まえつつ、実施の可否を判断していく
・中長期的な省エネ対策について、地下水の利用などによる更なる省エネ対策のアイデアについて議論した
6 脱炭素経営やその取組の注意点
脱炭素経営は多くのメリットをもたらす一方、デメリットとなり得る注意すべき点もあります。最後にそのことについて説明しましょう。
6-1 脱炭素経営をしないことによるデメリット
脱炭素経営に取組まないことで生じる経営上のリスクもあります。
①新たなビジネス機会の喪失
脱炭素経営に取組んでいないと脱炭素社会の実現に向けた動きで生じるビジネスチャンスを見逃すことになりかねません。
カーボンニュートラルへの動きは世界中で発生しており、各国の政府や企業等は莫大な資金をこの分野へ投入するほか、グローバル企業を中心として脱炭素化に取組む大企業等が増えてきています。
そうした大企業等は取引先に同様の取組を求め始めているため、彼らとの取引がなかった中小企業等でも脱炭素経営に取組んでいれば取引の可能性が高まるのです。つまり、脱炭素経営をしていないとその新しいビジネスチャンスを掴むことができなくなってしまいます。
②事業の停滞や縮小
脱炭素経営に取組んでいないと、カーボンニュートラルに熱心な大企業との取引を失い、事業量を減少させることとなり、成長の足かせとなる恐れもあります。
脱炭素化へ取組む大企業等は取引先に脱炭素経営を求めることになるため、対応しない企業はその取引の輪から除外される可能性が高まります。つまり、脱炭素経営をしない企業は従来から存在する取引から外され仕事量が減少するというリスクに直面しかねません。
その結果、事業量が減少し、雇用の維持も困難になるといった経営危機に晒される恐れが生じてしまいます。
③ステークホルダーからの不支持
脱炭素経営に取組まないと顧客、取引先、株主、地域住民、社員、金融機関などのステークホルダーからの支持を失いかねません。温暖化対策に熱心でない企業などとして、企業の信頼性などについての彼らの評価が低下する恐れがあるのです。その結果、事業の運営のみならず組織運営に支障をきたすこともあります。
脱炭素化への対応は国の社会課題解決と認識されつつあるため、それに貢献しない経営態度はステークホルダーからの評価を下げる可能性が小さくないです。
その結果、取引上の問題が発生するほか、株主の喪失、地域住民からの不信感、社員のモチベーションの低下、金融機関からの消極的な取引などが生じる恐れがあります。
取引の減少に加え、人材確保や金融機関からの資金提供が困難になれば、経営の持続が一気に厳しくなってしまうでしょう。
6-2 脱炭素経営をすることによるデメリット
脱炭素経営による直接的なデメリットの可能性にも注意が必要です。
①導入や維持にかかるコストの増大
脱炭素経営に取組むためには、CO2排出の低減に繋がる省エネ設備・機器の導入や維持、再生可能エネルギーの導入に伴う設備投資や購入、CO2削減に貢献するクレジット等の購入などが必要となり、多額のコストが発生することもあります。
脱炭素経営を安易に始めて脱炭素化のための導入・維持コストを増大させ過ぎると、事業を継続することが困難になっていき倒産リスクを高めかねません。そのため脱炭素経営を事業の継続や成長に役立てる考えが必要であり、それに基づく目標・戦略・計画が求められます。
脱炭素化の目標達成に向けた活動が企業の発展に結び付かなくては意味がありません。
②柔軟な発想の喪失
脱炭素経営を重視し過ぎると新事業や新製品の開発などに関する方針や戦略等の柔軟性を失わせる恐れがあります。たとえば、「この新事業は有望だがCO2の排出が多いため進出は不適切だ」といった考えが社内に浸透し、脱炭素化に逆行する事業がすべて否定されるような体質が形成されるケースです。
市場の拡大が見込まれる有望な新規事業がある場合に、その事業でのCO2排出量が多いことを理由に簡単に諦めるの適切な判断とは言えません。CO2の排出量を削減するための工夫を凝らした省エネや再エネの活用等で問題をクリアできることもあります。
脱炭素化の理念は重要ですが、表面的なCO2削減だけに囚われるのではなく企業の発展・事業の成長と脱炭素化への取組との両立を図る経営を目指すことが大切です。